子のイラストバックナンバー

2018.11.16

子どもの社会性を育むのは、
どんなおとうさん?


 わが国においては、子育てというと大概おかあさんの仕事のように思われています。本コラムは、子どもの家庭教育をメインテーマに掲げていますが、やはりどちらかというとおかあさんを意識して書いてきたように思います。そこで今回は、子どもの育ちにおとうさんがどんな影響を及ぼしているかを話題に取り上げてみようと思います。

 ある教育学者の著作に、おとうさんの日常の生活のありかたと、子どもの社会性の育ちにある程度相関関係があるといったような調査結果が紹介されていました。社会性という言葉は、人との関りかたや他者への向き合いかた、常識ある対人関係などを話題にするときしばしば用いられています。社会性のあるなしは、これからお子さんが社会生活を営むうえで重要な役割を果たすようになっていきます。そこにおとうさんの存在がどのような形で関与しているのでしょうか。筆者自身、ちょっと興味のあることでしたので、みなさんにもご紹介してみようと思った次第です。

 父親と子どものコミュニケーションについて、ある教育関連団体がアンケート調査を実施しました。アンケートは、子どもを対象に行われましたが、おとうさんとの関係をいくつかの質問によって調査し、その結果を分析したものです。すると、「おとうさんのタイプと、子どもの社会性の育ち」に一定の関連性が見出されました(質問の内容は割愛しています)。
 おとうさんの人物的な特徴は、次の4つにカテゴライズされています。

代表的なおとうさんのタイプ

 1~4のおとうさんの特徴について以下にまとめてみました。それをお読みいただいたうえで、まずはみなさんのご家庭のおとうさんはどのタイプに最も近いかを考えてみてください。ぴったり当てはまるものがなければ、比較的近いものをとりあえず選んでみてください。次に、「こういうおとうさんだと、子どもはどう育つのだろうか」ということも、合わせて考えてみてください

  1. 1のタイプ…何事につけ、親から子どもに一方的に命令するのではなく、何につけ子どもと話し合ったり相談しあったりして、家庭におけるよいパートナー関係を築く。
  2. 2のタイプ…生活の比重を仕事中心にするのではなく、自分の娯楽や趣味、スポーツなどの楽しみをもち、いつもはつらつと人生を謳歌している。
  3. 3のタイプ…仕事をほかの何よりも重視し、子育てはどちらかというとおかあさん任せにしがちである。家庭を顧みることが少なく、いつも仕事を優先している。
  4. 4のタイプ…何事においても父親である自分が決め、子どもの意見や希望には耳を貸さない。親の言うことに口答えを許さず、服従を強要する。

 どなたも真っ先に判断されたのではないかと思いますが、4つめのタイプは子どもの社会性を育てるタイプとは言えません。むしろ、子どもとのコミュニケーションを「不要のもの」と考えています。親子の上下関係を重視し、下の立場の者から自由に意見を言うことを許さない。そういうおとうさんのもとで育つと、おとうさんとの関りでコミュニケーション能力を育むことはできません。戦前に多かったと言われる、いわゆる家父長的、専制君主的な姿勢をもったおとうさんです。

 また3つめのタイプは、かつて高度成長期においておとうさんがたの多くが企業戦士として働いていた時代にたくさんみられたのですが、近年は社会・経済情勢の変化に伴い、この種のタイプのおとうさんは減ってきているかもしれません。何はさておいても仕事優先。結果として家庭を顧みない。このようなおとうさんも、家族との交流・接触の時間が少ないため、子どもの社会性を育むタイプとは言えません。

 残りの1と2のタイプは、子どもと関わる時間が十分にありそうです。ですから、社会性を育てるおとうさんのタイプだと考えてよさそうですね。では、子どもとのコミュニケーションがより取りやすいのはどちらでしょうか。1のタイプは何かにつけ、おとうさんが子どもを一人前の人間として扱い、子どもに関することは何でも話し合います。おそらく、毎日子どもとのやり取りが頻繁に行われるでしょう。いっぽうの2のタイプのおとうさんは、子どもを連れてレジャーなスポーツを楽しむこともあるでしょうが、自分だけの楽しみを優先することも多分にありそうですね。

 さて、アンケートに基づく結論はどうだったのでしょうか。子どもの社会性を育てるおとうさん像は、1→2→3→4という順になったそうです。

 前述のように、今回はある教育学者の著書で紹介されていたアンケートの結果をもとに書いています。この教育学者は、家父長的な4のタイプのおとうさんが一番下の順位になった結果を受け、次のようなことを書いておられました。

 かつて、そうした恐怖主義的な父親でも、子どもがそれなりに健全に育っていったことはあったとは思う。それは、ひとつには、法的にも父に権力が与えられていたという法的バックアップがあったからであり、もうひとつは、父親以外に多様な大人・子ども関係、あるいは子ども・子ども関係を築き得たからであった。社会性が育つきっかけがもっとたくさんあったのである。
 しかし、現代社会では、育児は地域の営みというよりは各家庭の個別的な営みと化しているし、実際には父親があまりに育児に参加せず、女性が専一的に担っていて、育児は明確に女性化している。また、父親の権力に法的なバックアップがあるわけでもない。社会の変化が速くて先が見えにくく、子どもには父親がモデルにならない。そうした社会的・文化的な文脈の変化があるため、恐怖主義的な対応を父親がとっても、子どもは父親を尊敬しないし、本当の権威も育たない。このことがデータではっきり出てきたのである。

 絶対的な権威に支えられた父親像が崩壊した今日においては、1のような子どもと積極的にコンタクトをとるようなおとうさんのほうが、親子関係が良好で、子どもの社会性も育ちやすいということのようです

 かつての社会においては、絶対君主的にふるまうおとうさんのもとでも子どもの社会性は育ったと言われます。それは、子どもが地域社会のなかで育てられるという一面があったからだと指摘されています。筆者の幼いころは、近所にどのようなおじさんおばさん、おじいさんおばあさんがいるかをよく掌握していましたし、またそのような人との交流が頻繁にありました、近所の幼なじみ集団での遊びも毎日のようにありました。そういった生活のなかで親子関係とは別の形で子どもの社会性は育っていたのでしょう。

  先ほどの教育学者の著述にあったように、「育児が地域の営みというよりは個別的な営みと化している」時代にあっては、父親は絶対的な権威者として君臨するよりも、よい生活パートナーとして子どもに寄り添い、子どもとのコミュニケーションを大切にすることが求められているのは間違いありません。おたくではどういう状態になっているでしょうか。

 今回の話題が、お子さんの望ましい成長という観点から家庭環境の現状を振り返るきっかけになれば幸いです。

H.S